悔し涙と母と仕事と。

悔し涙と母と仕事と。

こんにちは。山澤ともです。

つい先日、いくつかの出来事があって。けれども平常通りお仕事の日々を過ごしていました。

ある日いつものように仕事を終え一旦帰宅して、夕飯の支度を済ませて、子どもたちを学童に迎えに行く前に少し時間があったので、ふと関西に住む母に電話をかけました。

『もしもし~?』いつも通りの明るい朗らかな声。

『お母さん?ともです。元気?』夕飯の支度中なのだろうか、水仕事の音が聞こえる。

『うん、元気やで~~。』といつもどおりの、のんびり平和な答え。

けれどその声を聞いたとたん、実家の平和な光景が目に浮かび、急に涙が出てきて、子どものようにしゃくりあげて泣いてしまった。

『なんかあったん~?』相変わらず落ち着いた母の声。

返事もできずにただ泣くしかできない私。

母はゆっくりした口調で、『そのことって、一年後にも同じように考えちゃうこと?そうじゃなかったら忘れや~。人生、流すことも大事やで~』と言った。

必死で言葉を繋ごうとしてもなかなか言葉にならない私がやっといえたのは

『一年後も、、、ある。』

『そりゃ大問題。』とのんびりと答える母。

それ以降は言葉が出なくて。

その間、母はずっと黙って待っていてくれた。遠くで父の声がする。『おかあさ~ん?おかあさんて。呼んでるのに。うん?なんや、電話しとるんか。』いつもの平和な実家の光景がより鮮明になって。涙が止まらない。

ひとしきり涙を流したらなんだか不思議と落ち着いた。

今の仕事で全力が出しきれていないこと、自分を活かせる場所に自分が行けていないこと、行動してもなかなかうまくいかないこと、が実はあって。

もちろんうまく行っている部分もあって。コーチングやコンサルにクライアントさんが居てくださって本当にありがたいと思っています。これは絶対続けていきたいこと。けれど、その先にあるさらに大きな目標になかなか辿り着けていないところがあって。行動しても結果がなかなか出せていないこと、頂いたお仕事ばかりに追われ、自分の意思をしっかり貫けずになってしまっていること。それが悔しかったんだ。そしてそれを見ないようにして居たんだと。

『自分でしっかり考えてみる。なんだか涙流したらすっきりした。ありがとう。突然泣いちゃったりしてごめん』と声を振り絞って電話を切った。

悔し涙なんてこんな年齢になっても出るんだ、、と驚きつつ、こんなに悔しいならやるしかない!と。うまく行っていないということは今のやり方が間違ってる証拠。やり方変えてみたらいいという声がセルフコーチングで聞こえてきた。

それにしてもこんな年齢になっても、母のひと声で自分を解放できるなんて、自分も3人の子どもの母だけど、母ってすごい存在だ。まるで大きな海に浮かぶ母艦のようにいつも「どーん」と構えていてくれる。20年ほどまえの米国留学のときのこと。あのときも留学先の大学での授業が難しくて、もう日本に帰りたいと思った。帰国するということは単位を落として留年するということ。それと引き換えにしても帰りたいと思った。留学試験をくぐりぬけ3つのバイトを掛け持ちして資金を貯め、ようやく手にした留学のチケット。優等生だった私にしては考えられないような展開。でもそれくらいつらかった。当時はLINEもMessengerもSkypeもなくて国際電話という高い通話料が必要な時代。簡単に電話なんて出来なかった。けれどもあまりに勉強が辛くて母に国際電話をかけたときのことを思い出した。あの時も母は落ち着いた声で『勉強しかしなくていい年代のとっても贅沢な年代に、あんたは今おるんよ。勉強に専念できるなんて若い頃にしかできない、とてもぜいたくで素晴らしいこと。』といった。いつも落ち着いて話を聞いてくれる母。

私は、今日の内容でわかっちゃうように(苦笑)、こだわりが強くて、人の役に立てることがなによりの幸せというタイプの人間です。言い換えれば役に立てているという実感がないと苦しくなるタイプ(ある意味めんどくさいタイプとも言えるかも💦💦いや、相当めんどくさいタイプかも…💦)今回の一件で自分自身の本当の想いに気づけました。それは・・・、

コーチとしてコンサルタントとして母として、私にとっての私の母のように大きな母艦のような存在、心の拠りどころのように役立てる存在でありたい、ということ。そしてコーチ・コンサルタントとして今のお仕事のもっと先へ進みたいと思っていること。

しばらく色んな試行錯誤をしてみたいと思います。自分の心に正直に進みたいと思います。

こんな私ですが応援していただけたらとても嬉しいです!

写真📷は数年前のお正月。秋谷海岸の美しい夕日に魅了されました。皆さまにとって来年が良い一年となりますように。良いお年をお迎えください。

 

 

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